6ヶ村あるこの地域に「だんじり」は無く天神祭りなどで有名な
催太鼓に似た「太鼓枠」を担ぎ各町内をひたすら練り歩く

地味でありながらハードな祭りです。

しかし、ハードな祭りゆえに参加できる層が限られており、
地元の女性や子供・お年寄り、果ては若集までが
段々と離れていく、寂しい現状に見舞われています。


そんな状況を打開するため、もっと祭りを盛り上げたいと言う趣向で急遽、
2006年から「地車囃子」に取り組み、日々練習に励んでおります。


「地車囃子」は縁あって、柏原市の大正東青年団様よりご教授頂き、
その延長で柏原市の祭りに参加するうちに、
段々と「だんじり」に魅かれるようになりました。

当地区にも地車は存在していました。
言い伝えによると1910年頃に電気の架線工事に伴い、
巡行で接触するとの理由によって手放しています。
(その地車は現在も、東大阪で現役で曳かれています。)
しかし、あまりにも昔の話のため、その地車を見た人は、今はいません。

「復活」と言うより、ゼロからの出発です。

だんじりに慣れ親しんでいない当地区で、地車を曳いたからといって、
今以上に祭が盛り上がる保証はありません。
でも、何もしないで衰退していくことだけは避けたい。

新しいことをすると色々な面で問題が出てきますが、
地元を盛り上げたい気持ちはわかって頂けることと思います。



平成19年8月23日  大阪府東大阪市足代北で眠り続けている地車 

20年以上、だんじり小屋の中で眠っています。
引き取り手を探されているという情報を入手し、地蔵盆でお忙しい中、地車を拝見させて頂きました。

彫り物を見て一同、唖然。これほど素晴らしいものとは思いませんでした。
やはり傷みは見受けられましたが、過去の壮観な姿の想像はたやすくできます。

当日は管理をされている方々に、色々とご迷惑をおかけして、すみませんでした。


大太鼓は昭和36年吉日張り替え
大阪市浪速区栄町西二丁目 の文字が見られました。

地車の”その後”

2007年9月17日

某有名・だんじり製作/改修の工務店さんが、この地車を引き取りに来られました。
この工務店さんの手元で修理・保管。その後、工務店さんによって引き取り手を捜すそうです。

修理代程度での取引を考えておられ、商売にはしないとのことです。

私たちを含め、団体が引き取る前に、職人さんの手によって ”とりあえず” 生き返ります。
ちょっとした切っ掛けで出会えた、朽ち果てかけた地車が蘇ることは嬉しい限りです。

あとは時間とお金とタイミングの問題になりますが、今後の動向に注目したいと思います。


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